今日、「ニュースJapan」でa-conのメンバーがパラレルキャリアとして
紹介される、ということで自分にとってのパラレルキャリアも振り返ってみたいと思う。
a-con(NPOコミュニケーション支援機構)に参加したのは立ち上げ時からだ。

偶然、CSOラーニング制度の同窓会で加雅屋拓さんがNPOのコミュニケーションを支援しよう
とプレゼンをしていて、そのキックオフに参加したのがはじまり。


参加の動機

もちろんNPOの活性化を!!と言いたいところだが、正直なところそれが一番ではない。
上京したばっかりで、暇かつ寂しかったのである。w
2007年6月はぼくが新入社員として1社目の会社に入社して3ヶ月が立った頃。
当時、経営企画としての新卒配属の前例がなく、とにかく新入社員にやることがない状態だった。

そりゃそうだ、みんな10年戦士以上だったし。まわりも困ったはずだ。すいませんです…。
しかも、学生時代のほうが睡眠時間を削っていろんなことをやっていたのに、これは”暇”ではないか

“このままじゃやばいんじゃないか。”くらいの気持ちだった気がする。


得たもの

一番大きいのは人との出会いである。

もちろん、1社目も仕事ができる人、ステキな人との出会いはあったし今も交流が続いている。
ただ、経営企画という社内向けの仕事中心なので、性格上外の世界に飢えていた。
また、全く畑違いの仕事をしている人や自分ができないことをできる人がいる環境は極めて面白かった。

次に大きいのがスキル。

本業はもともと経営企画→戦略コンサルと企画・オペレーション系が中心だった。
だから、マーケティングを初めて学んだのはa-conなのである。
また、コミュニケーション関連の仕事に就いていなかったので、当然マーケやPRなんでできない。だから雑用から始まるプロジェクトマネジメントが中心だった。ただ、大企業だと若い間になかなか経験できないマネジメントが体験できた。

次に組織論についての考え方。

営利企業と非営利組織でどうインセンティブ構造を変えた組織形態を作れるかを
考えて本を読み漁った。

理想的には非営利はもっとOpenでいくべき」なんて2年前くらいのブログで書いている。


今後

今後もなんやかんでご迷惑をかけない範囲a-conには関わっていくんではないかと思う。
やはり、自分が作った組織なので愛着はある。ただ、今は運営からは一歩引いて、
企画ベースで関わっていることが多い。

また、日本国内としてはパラレルキャリア=プロボノのような風潮にはならないでほしいと思う。
スポーツ選手×本業でもいいし、本業×副業でもいいだろう。

とりあえず新しいことをやるためには勉強せざる得ないので、
必ずその知識や経験が本業に返ってくることがある。
日本の会社もどんどん前向きになってほしいなと思う。